医師の父に相談した話 その1
中学2年か、3年くらいだったと思います。
ある日突然口が開かなくなりました。
全く開かない訳ではないのですが、頑張っても大きくは開かない。
指を2本縦に入れられない状態です。
食事は何とか出来ますが、ハンバーガーは食べられない。
びっくりして、不安で父に相談しました。
私「お父さん、口が大きく開けられなくなったんだけど、何だろうね?」
父「(少し考えた様子で)ストレスで口が開かなくなることがあるよ。お前の場合、夏休みの宿題だね。宿題が終わったら治るよ。」
?私は予期せぬ方向の答えをもらい、戸惑いました。
そして薬を飲むわけでなく、治療するわけでなく、体操するわけでもなく、しばらく開かない口でそのまま過ごしていたら...治ったのです。ある日突然かいつの間にかだったかは忘れてしまいましたが、父の予言通り、夏休みの宿題が終わる頃に。
父はやっぱり名医?半信半疑でしたが少々嬉しくなりました。
思い返すと本当に夏休みの宿題が原因だったか分かりませんし、父の暗示にかかったのかも知れません。
ただ、怪我や病気がなくても、心理的要素で身体が動かなくなることを知った貴重な経験でした。
医師の父に助けてもらった話 その2
中2の頃、右足親指が陥入爪を起こし、痛みが辛く父に相談。
※陥入爪とは
https://www.moriseikeigeka.com/worry/%E5%B7%BB%E3%81%8D%E7%88%AA%E3%80%81%E9%99%A5%E5%85%A5%E7%88%AA
(検索したら、わかりやすい漫画で解説してある整形外科の先生の記事を見つけたのでお借りしました。ありがとうございます。)
けっこう化膿していたので、翌日手術になりました。
手術と言っても手術台はリビングのソファー。汚れ防止にチラシを広げました。寝転んで足をチラシの上に置いて準備完了。
上記リンクの漫画の女性と全く同じ状況だったので「お前、斜めに短く切っちゃダメだってお父さんあれほど言ったろ。」とブツブツ文句を言いつつ麻酔の注射を親指にプスっ。
これが最高に痛くて辛くてかなり涙が出ました。指先の注射は痛い。貴重な経験です。
麻酔が効いてからは医療用のハサミで縦にチョキチョキと根元まで切り、肉に刺さった爪を除去。出血多量でひるむ私をよそに、ガーゼを当て包帯を巻いてくれる父。私は麻酔の痛みが記憶に焼きついていたのと、出血におののきぼう然としてました。
ひと通り終わると、父は笑って手を出して「ハイ3000円」と。
ま、実際に払うことはないのですが、いつもこんな調子です。
父は「何度も再発するようなら爪を細くする根本的な手術もあるけど、縫わなきゃならないんだよね。」と。
2度とこんな目に遭いたくないから、次はその根本手術とやらをやってもらおうじゃないかと素人の浅知恵で思いましたが、再発時は父には隠し通し自分で食い込んだ爪を引っ張り出したりしながら回復を待って乗り切りました。
小さな小さな手術ですが、人生初手術。
大人になった今では父との貴重な思い出なのですが、当時はなんだかありがたみを感じられなかったことを含め懐かしいです。
医師の父に助けてもらった話 その1
整形外科医だった父に体調の相談をしたことは多くはないのですが、何度かはお世話になりました。
最初の記憶は幼稚園。
当時、母に自転車で送ってもらっていたのですが、急な下り坂で右手で前輪ブレーキだけ使って減速していたところ、転倒。
(母の自転車は左手で後輪ブレーキ使うとキーキー音がうるさく、これをきらって前輪ブレーキを多用)
後ろに乗っていた私は投げ出され、地面で頭を打ちました。
意識があり、目立った外傷もなかったようで、母は何事もなかったように私を幼稚園に送り届けました。
その後、幼稚園に着いてから嘔吐。
幼稚園から連絡を受け、当時幼稚園から車で20分くらいのところにある総合病院で働いていた父が迎えに来てくれました。そのまま父の勤務先のベッドへ。
検査を受けた記憶は残ってないので、多分CTとか大袈裟な検査はなかったと思います。
吐いてしまったので、一応点滴しておくことになったらしく、人生初の点滴です。
しかし、私は血管が細く、なかなか針が刺さりません。人を代え、針を代え、何度も刺してやっと成功。
成功した看護婦さんとその直前に失敗した男性のお医者さんのことはうっすら覚えており、子供心に「お医者さんより看護婦さんの方が頼りになることもあるんだなぁ」と思ったのを覚えています。我ながら可愛くない子供です(笑)
この後はひたすら眠り、目が覚めたら看護婦さんがカルピスを用意して下さり、凄く凄く美味しかった。人生で一番美味しいカルピスの思い出です。これにて半日入院終了。
この件で学んだことは大人が自分の為に色々頑張ってくれても悲しい結果は割とよくある...だったでしょうか。
母はのちに「何とか幼稚園に届けなきゃって思ったの!」と語りましたが、母自身が車で追突されたときも病院行かない人だったので、この程度でも心配して欲しかったと思うのは甘えかもしれません。
今となっては私の頭の働きが悪いのは、この時バカになったから...と言い訳に使える美味しいエピソードとなりましたとさ。